いつもここにいるよ

あなたがいて、うれしいです

「メアリと魔女の花」

 

魔法は いつか解けると 僕らは知ってる 

 

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♫ 虹が架かる空には雨が降ってたんだ
  虹はいずれ消えるけど雨は草木を育てていたんだ ♬

                            SEKAI NO OWARI「RAIN」

 

私たちは空にかかった虹に心を奪われ、消えると魔法が解けてしまったような気がして空から目をそらす。

 

魔法が使えたら・・・

賞賛や尊敬を得るために、人が出来ないようなことができるようになる力への憧れ。

 

でも本当の魔法は、自分のためにではなく、誰かのために自分が変わることができる力なんだろうと思う。

けして派手なものではなく、人には知られない自分の中の小さな小さな一歩だけど、その勇気の一歩はきっと自分でも計り知れない力として多くのものを動かすような気がする。

自分が自分にかけた魔法が解けた時、本当の魔法が起こるのだと。

 

 

魔法は いつか解けると 僕らは知ってる 

 

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写真はもちなさんのプリ画像「虹と雨と」をお借りしました

 

「残像」を観てきました。

「残像」岩波ホールで観てきました。

昨年10月に急逝したアンジェイ・ワイダ監督の遺作となった作品です。

 

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舞台は第二次世界大戦後のポーランドソヴィエト連邦の影響下におかれ、全体主義の波が押し寄せている中、本当の芸術とは何かを貫いた実在の画家の晩年を描いた作品です。

第二次大戦後、ソヴィエト連邦の影響下におかれたポーランドスターリンによる全体主義に脅かされながらも、カンディンスキーシャガールなどとも交流を持ち、情熱的に創作と美術教育に打ち込む前衛画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ。しかし、芸術を政治に利用しようとするポーランド政府が要求した社会的リアリズムに真っ向から反発したために、芸術家としての名声も、尊厳も踏みにじられていく。けれども彼は、いかなる境遇に追い込まれても、芸術に希望を失うことはなかった。“芸術と恋愛は、自分の力で勝負しなければならない――”その気高い信念と理想は、今の不確かな時代にも、鮮烈な光を残していく――。 岩波ホールのサイトから)

 

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 映画を観終わって東京の喧騒と沈黙の中を歩きながら(電車に乗っても歩いていても黙ってスマホを見つめている人ばかり)言いようのない不安を感じました。

当時のポーランドは今の私の生活とはかけ離れた世界で、私は自分の考えを言えて、やりたいことができる自由な生活を送っている。・・・そうなのでしょうか?

映画の中で、主人公は当局の指導者に「(お前は)どっち側なんだ?」と問われ「自分の側だ」と答えます。この言葉が心に響きました。

主人公は体制を批判しているのではなく、芸術の本質について主張しているのです。それは生きる本質であり、自分は自分の生きる本質の側にいるということなのです。それは他者の生きる本質でもあるはずで、全ての生きる尊厳でもあります。だからどんな弾圧にも(自分を慕う教え子が退学になったり逮捕されても)譲れないのです。自分だけの尊厳ではないからです。

しかし、全てのものの生きる尊厳を守り通す主人公は、個として全体主義社会で生きる尊厳を奪われていきます。大学教授の職も、芸術家として画材を買う権利も、食べ物の配給も奪われ、雪道を破れた靴で歩く一人娘の靴も買うことができません。こぼされたスープの皿を一瞬躊躇しながらもなめるシーンが辛いです。

病に侵されつつあらゆる仕事を求め、最後はショーウィンドーの中で倒れマネキンと一緒に非業の死を遂げる主人公。尊厳も何もない死に方でしょうか?私は最後まで「自分の側」を守り続けた尊厳を感じます。 

映画を観て、はたして私には「自分の側」と言えるものがあるのだろうか?自分の生きる本質がわかっているだろうか?と考えました。芸術家だからとか、政治家だからではなく、一人一人の問題であるように思います。

自分の生きる本質を問うこともせず、疑うこともせず、誰かの意見に気を良くしたり憤慨し、誰かの言葉をつかって主張したりすることを自由だと勘違いしている。そうやって誰かの側につくことばかりを心配しながら流されてしまっているのではないか、そんな不安を感じています。

ワイダ監督の最後の言葉です。

一人の人間がどのように国家に抵抗するのか。
表現の自由を得るために、どれだけの代償を払わねばならないのか。
全体主義のなか、個人はどのような選択を迫られるのか。
これらの問題は過去のことと思われていましたが、
今、ふたたびゆっくりと私たちを苦しめ始めています。
――これらにどのような答えを出すべきか、私たちは既に知っているのです。
このことを忘れてはなりません。   
                       アンジェイ・ワイダ 2016年、初夏。

 

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アンジェイ・ワイダ (1926年3月6日ー2016年10月9日)

ポーランドに生まれ、青年時代に博物館で見た浮世絵をはじめとした日本美術に感銘を受け、芸術家を志す。第二次世界大戦中は対独レジスタンス運動に参加。美術大学に進学するがその後進路を変えて映画大学に進学し卒業。

その後、共産主義体制下にあったポーランドで、弾圧を受けながらも不屈の精神で映画を撮り続ける。反ナチズムを訴えた「世代」「地下水道」「灰とダイヤモンド」は「抵抗三部作」と呼ばれ国際的な評価を獲得。1981年のカンヌ国際映画祭で、最高賞パルムドールを受賞。

亡命してコスモポリタンとして華々しく活躍することを選ばず、社会主義体制に翻弄される祖国ポーランドの運命に寄り添い続けたワイダ監督。

 

親日家でもあった監督は、2011年の大震災の時にメッセージを寄せています。

 

 

◇大災害の日本に向けたアンジェイ・ワイダ監督からのメッセージ   2011年3月21日

アンジェイ・ワイダ監督からのメッセージ

 

 

 

日本の友人たちへ。

このたびの苦難の時に当たって、心の底からご同情申し上げます。深く悲しみをともにすると同時に、称賛の思いも強くしています。恐るべき大災害に皆さんが立ち向かう姿をみると、常に日本人に対して抱き続けてきた尊敬の念を新たにします。その姿は、世界中が見習うべき模範です。

 日本の友人たちよ。
 あなた方の国民性の素晴らしい点はすべて、ある事実を常に意識していることとつながっています。すなわち、人はいつ何時、危機に直面して自己の生き方を見直さざるをえなくなるか分からない、という事実です。
 それにもかかわらず、日本人が悲観主義に陥らないのは、驚くべきことであり、また素晴らしいことです。悲観どころか、日本の芸術には生きることへの喜びと楽観があふれています。日本の芸術は人の本質を見事に描き、力強く、様式においても完璧です。

 

 

「日本人は自己の生き方を見直さざるを得なくなる時があることを常に知っている」という、ワイダ監督のメッセージを心して受け止めたい。

 

ごめん寝 zzZZoO

我が家には4匹の猫たちがいます。

4匹ともひとりで泣いていたり、処分寸前だったところを家族がそれぞれ連れてきた子たちです。

白い2匹はきょうだい(♂♀)で満5歳。

茶トラはちーちゃんが3歳半。

一番新顔のジョビはたぶん2歳ぐらい。

 

今回は寝相を紹介します。写真の中でも一番多いパターンなので何度も出てくると思います。

 

 

ちーちゃんのごめん寝。(すまん寝とも言うそうです)

一番小さなときから来た子。引っ込み思案で甘えん坊。

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 f:id:ley-line:20170603234044j:plain小さかった!

 

 

どうなっちゃってるの?ジョビ。

この子は警戒心、遠慮が全くありません。どの猫にも構わず近寄って叱られますが、まったく懲りません。

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ふすまが好きなニック。

忠実に自分のパターンを守ります。どんなパターンかは今後紹介します。

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高いところが好きな、シャオお嬢様。

かなり高いところでも見事なジャンプでひらりと上がります。

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茶トラ男子組。ちーちゃん「ひとりでいたいのに・・・」ジョビ「いーれーて!」

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寝相にもそれぞれの性格がでているなァと思います。

昔一緒だった

 

昔住んでいた借家に野良猫が赤ちゃんを産み、母猫は行方不明。

仕方なく子猫とそのまま一緒に暮らすことになった。

名前は「ありんこ」と「しろ」(こどもがつけた名前なので見たまま)

 

その後私たちは主人の仕事の都合で引っ越すことになり、猫たちをどうしようかと困っていたら、猫と一緒にこの家に入ってくれるという人が現れた!都会を出て田舎暮らしをしようと家を探していた女の子。

 

 彼女はそれからずっとこの子たちを育ててくれ、今やまぎれもない老猫。「しろ」は最近天寿を全うし、「ありんこ」はリウマチの症状をかかえながらも穏やかに過ごしている。

家と猫を引き受けてくれた彼女とは、今インド舞踊を一緒に学んでいる。

ご縁というのは不思議なものだと思う。

 

写真は「しろ」が亡くなる年の夏に会いに行った時。

幸せなおじいちゃんとおばあちゃんの姿に、ちょっと涙が出た。

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 これからしばらく猫ブログにしようかと思います。

 よかったら我が家の4匹の猫たちの生活を覗いてみてください。

戦場はどこか遠い国ではなくて

 

 

戦場はどこか遠い国にあるのではなくて

いま、この場所。

 

戦争はどこかの国とどこかの国の争いではなくて

私とあなたのこと。

  

そして、

本当の戦場は

 私の胸の中。

   

何を

怖がっているんだろう

本当は

もっと簡単だったのに。

  

恐れという 武器を  置こう。 

いつも知らずに 手にしてしまうから

何度でも 置こう。

 

恐れの代わりに

手にしたいのは自由。  

 

何を怖がっているんだろう

恐れる必要はなかったはずなのに。 

 

きっと、

この戦場を

自由の地に変えられるはず。

  

 私たちは 

そのために出会ったのかも知れない。

  

戦場で

あなたの名前を呼ぶ

私たちは恐れては 愛にたどり着けない。

 

戦場で

あなたの 名前を呼ぶ。

 

 

 

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孤独と自由と美しさ

 

私の結婚の条件は「一人でいることを許してくれる」だ。

環境的に一人になる空間は必須条件で、精神的にも一人になることを認めて欲しい。

 

  

なぜこんなことを書きだしたかというと、以前にも書いた光野桃さんの「自由を着る」というエッセイの「孤独なとき、あなたは美しい」という文章にとても考えさせられたからだ。

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光野さんは孤独について、自分が求めようが拒もうが「孤独こそが人間の常態」だという。

さらに「孤独の意識は自分が人間だと自覚したときからはじまるのであって、自分が女だ男だという状態からは絶対に出てこないものなのだ」

「孤独とは独立した個人(人格)として広い世界に放たれた感じ」

という長沢節の言葉を引用している。(『孤独は愛と仕事を生む』長沢節

 

一人でいることが孤独ではない。人間としての自覚が孤独である。

そうした孤独は寂しいとか、恐ろしいというのでもない。

本には「本当の孤独を知ったとき、優しさが私のなかで息を吹き返した」とある。

 

一人で生まれ一人で死んでいく、生きているうちにも誰のせいにもできないことがやってくる。人間としての限界を受け入れ、自分の弱さや脆さを受け入れて生きる覚悟を持った時、本当の孤独を知るという。

自分の本質を知ることで他者の本質に潜む弱さや脆さに触れることができる。そうやって初めて自分をとりまく世界とも本当に出会えるのだろう。

その出会いは優しく、豊かで、生き生きと、自由に違いない。

そんな「自由」を着て生きる人は美しいに違いない。

 

 「孤独を引き受けてひとり立ったとき、美しいのだ。」

 

さて、私の「一人でいたい」はそれほどの覚悟があるのかというと自信がないが、周りのことに右往左往してしまってすっかり元気がなくなってしまう時、一人で自分の波長を感じていると元気になる。元気になると優しくなれる。今はこれでいいのかな。

 

猫鉢。彼も一人を大事にしている。

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青春はアツい。

息子が入っている学校の寮祭に行ってきました。

 

今日は真夏日で、火を使っている学生たちは大変そうでした。

男子学生が多いせいか屋台のメニューががっつり系が多かったです。

甘いクレープを求めていた主人。やっと見つけたら「ツナマヨクレープ」(;´・ω・)

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 なんか、懐かしい・・・

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焼きそばを詰めている、黒っぽいTシャツが息子です。

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寮祭あるあるの女装。昨年は息子も(-_-;)

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強い日差し以上に熱い青春。母は木陰で焼きそばをいただきます。

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