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「見ようとすればすべて見えるんじゃないかと思っているんです」高木正勝

おおかみこどもの雨と雪』と『バケモノの子』は大好きな映画です。

 

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この映画の音楽を担当していた高木正勝さんが、あるサイトでおっしゃっていることがとても興味深かったので紹介します。

 

高木:最近はみんな「見えないもの」に重きを置いて、それにすがっているように感じます。

だけど僕は逆に、見ようとすればすべて見えるんじゃないかと思っているんです。倍音の話にしてもそう。それは実際に、現象としてそこにあるし、昔の人にはそのことが見えたからこそ、ピアノなどの楽器が生まれた。

僕はそれに、ここへ越してから気が付きましたし、たぶん、気が付きたくて越したんだと思う。

 

 

www.youtube.com

 

人口約20人の小さな村で暮らす高木正勝、「見えるもの」の発見

http://www.cinra.net/column/10sounds_takagi

 

 

 

高木正勝さんが暮らす家の周辺風景

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作曲家は風景から音が聴こえて曲を創るのでしょうか・・・

 

 

 

そういえば、衆生を救う観音菩薩様は「音を観る」と書くことを思い出しました。

いきとし生けるものの、声なき声、音なき音を全てすくい取ってくださる慈悲深さを「観音」と呼んだ昔の人の感性に畏敬の念を感じます。

 

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 見ようとすれば(見えないものも)見えるとおっしゃる高木さんの映像作品を見て聴いていると、自分の体とそれを取り囲む空間の境目があいまいになり、何か原初の記憶のようなものを思い出せそうな感覚になります。

 

 

www.youtube.com

 

  

どうやら彼はある種の「界面」を描こうとしているのではないかと思い至るようになった。
曲になる前の音楽、誰が演奏するでもない音…なにかが産み落とされる瞬間のひらめきのようなものが漂う連続。
彼の映像は、細胞が分裂するかのようなモーションを見せることが多いのだけれど、
「分裂する細胞」を描くのではなく、「分裂」という動的な事柄こそ彼が見せようとしているものだと。

出典 高木正勝という天才 - impact disc

 

 

かい‐めん【界面】

気体と液体、液体と液体、液体と固体、固体と固体、固体と気体のように、二つの相が互いに接触している境界面。相の一方が気体の場合は、一般に表面という。

 

 

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高木正勝(たかぎ まさかつ) 1979年生まれ、京都府出身。繊細なピアノ演奏とコンピューターを使った音楽制作のほか、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像作品も手がける多才なアーティスト。2009年には日本語版『Newsweek』で「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれ、世界的な注目も集めている。オリジナル作品としては2009年に1stアルバム『pia』をリリース後、2013年『おむすび』、2014年『かがやき』などを発売。CM楽曲も提供しており、SHARPAQUOS」、サントリー南アルプス天然水」、JR東日本「行くぜ、東北」など、誰もが一度は耳にしたことのある名曲も多い。細田守監督作品では2012年に『おおかみこどもの雨と雪』、2015年に『バケモノの子』の劇中音楽を担当。映像ではUAYUKIなどのミュージックビデオを制作。2013年から兵庫県の山奥に移住し、制作活動をしている。 

 

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私は今年自分で野菜や花を育てましたが、種が育ち花や木になる様子を見ていて、小さな種の中に大きな生命が内蔵されている種ってすごいと思っていました。

 

ところが最近、ある本でこんな文章を見つけました。

 

「人は種の中に生命があるから種が木になると思っています。しかし、種が木になるのではありません。

種が生命に吸収されながら、その生命が作用して自ら変化するのです。

その生命が種を木にさせ、木に花を咲かせ、実をならせるのです。」

 

「悟りの瞬間」素空慈

   

その方は、私たちは変化しなければならない時には自分の世界に固執せず、安心して大いなる生命に吸収されることによってこそ成長することができる、と書いていました。

  

私は種の中にはやはり生命は宿っているのだと思います。ただ、種の中の生命だけで育っているのではないということ、種に内在する生命が変化を求め、それを取り巻く生命とお互いに出会い作用することで(大いなる)生命の中に吸収されながら、成長すると説明していることに共感しました。

 

自分の体が制限あるただの孤立した物体ではなく、果てしなく広がる豊かな生命の中に抱かれて、吸収されることで成長していくと考えることは私にとって自分の世界が広がるようであり、安らぎをも感じました。

 

 肉体的な変化も大きな命との一体化のプロセスと思えば、老いることが劣化のように言うのは違うような気がしました。

内面的な変化も自ずからの必然なことなのでしょう。

変化の流れに身を任せていくことが成長であり、自然であるならば、抵抗せずに素直に吸収されようかと思いました。

 

 

 高木さんの作品に触れて 目に見えない世界が自分にとって大きな関わりがあるのを感じていたら、最近読んだ本の言葉がすっと体に入ったので思わず書いてしまいました。

思いつくままの記事でわかりにくくてすみません。

自分の覚書みたいな記事なので、そっと流してくださいませ(*ノωノ)

 

 なんだか堅かったのでハリネズミちゃんの動画でなごんでください。

険しい目が食べ物であっさり変わります(これこそ私みたい)

 

www.youtube.com