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プラネテス「愛し合うことはどうしてもやめられないんだ」

プラネテス

 

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完全にネタばれで、私見いっぱいですのでご了承ください。

 

 あらすじ

時代は2070年代(2075年以降)。人類は宇宙開発を進め、月面でのヘリウム3の採掘など、資源開発が商業規模で行われている。火星には実験居住施設もあり、木星土星への有人探査計画も進んでいる。毎日、地上と宇宙とを結ぶ高々度旅客機は軌道上と宇宙とを往復し、宇宙ステーションや月面には多くの人たちが生活し、様々な仕事をしている。しかし、長い宇宙開発の歴史の影で生まれたスペースデブリ(宇宙空間のゴミ。廃棄された人工衛星や、ロケットの残骸など)は軌道上にあふれ、実際にたびたび旅客機と衝突事故を起こすなど、社会問題となっていた。

主人公のハチマキは宇宙で働くサラリーマン。主な仕事は宇宙のゴミ「デブリ」の回収作業。wikipediaより)

 

ハチマキの仕事の現場は宇宙服一枚隔てて広がる宇宙空間で、そのまま切り離されたら数分も生きることはできません。

あまりに広大なそれは誰にも平等に無慈悲な世界とも言えます。

 

そんな宇宙で働くハチマキの信条は

 

「独りで生きて、独りで死ぬ、それが完成された宇宙船員(船乗り)だ」

 

 

ハチマキの職場に新人の若い女の子、タナベが配属されてきます。

タナベは最初から

 

「独りで生きて、独りで死んで、なんで満足できるんですか、ばかみたい」

 

と真っ向から反発します。

 

「愛のない選択は決して良い結果になならない」というタナベハチマキ

「便利な言葉だ。根性無しも、能無しも、卑怯者も『愛』って唱えりゃ許される」と認めません。

 

また物語では、地上の貧困紛争問題は未解決のままで、宇宙開発の恩恵は、先進各国の独占状態にあります。このため貧困による僻みや思想的な理由付けによるテロの問題も、また未解決です。

 

「宇宙防衛戦線」と名乗る組織は、はじめは「人間は宇宙へ出るべきではなかった」と主張する宇宙自然環境保護団体でした。

地球の石油資源がなくなり代替エネルギーを求めての宇宙開発は、有限なエネルギーの上に築かれた文明であるといい、

破壊しつつ広がるというこの性質は驕慢と搾取の歴史であり、結果的には地球上の貧富の差が広まるだけであると主張します。

 

やがて活動は人類が宇宙につくった構築物を全て破壊する活動へと変わり、先進国の宇宙施設や宇宙基地を機雷を使った自爆で破壊するというテロ行為に進みます。

 

対する先進国は、「宇宙に秩序をもたらし、美しい宇宙を残すため」という聖戦を主張して真っ向から応戦します。

 

まるで今世界で起きていることがそのまま宇宙に拡大されたようです。

でも、宇宙に広がった戦いは「ケスラーシンドローム」という人類史上最大最悪の人災を引き起こすことになります。

 

ケスラーシンドローム

衛星軌道上にある人工物(衛星)に人工物が衝突すると、相対速度が非常に大きいために大破して、多数の破片=スペースデブリを生じる。

その破片は衛星軌道上にばら撒かれることになり、そのため衝突確率が上昇する。

その破片が他の人工物に衝突すると、また新たに破片を生み、衝突確率が上昇し・・・という、悪循環に陥る。

こうなると衝突確率は次第に加速的に上昇していき、最終的に衛星軌道は破片に埋め尽くされ、いかなる手段を持ってしても、そこより外への宇宙空間へは往来不可能となるため、結果として人類は「地球に閉じ込められる」格好となってしまう。

 

自分たちが作り出した宇宙ゴミに地球が覆われてしまい、地球は宇宙と断絶されてしまうのです。

先進国やテロ組織という次元ではなく、地球そのものが存在できなくなってしまうのです。

 

これは未来のSF漫画なのでしょうか。

今現実に地球で起きていることではないでしょうか。

正義をかざして争いを繰り返しながら、私たちは命を、文化遺産を、自然を奪いながら自分の首を絞めています。

 

 

さて、物語にもどります。

あまりに広大で誰にも平等に無慈悲に見える宇宙空間に「愛」は存在するのでしょうか。

これは宇宙とは何なのか、なぜ私たちは宇宙にいるのか、まさに人間の根源を問う物語です。

 

 

なんでもひとりでやろうとするハチマキは、

 

「孤独も、苦痛も、不安も、後悔も、全部おれのもんだ。もったいなくてタナベなんかにやれるかってんだよ」

 

と自分の「愛してる」という想いを突っぱねます。

 

ところが、そんなハチマキが事故で臨死体験をして、自分の中に宇宙が広がっているのを見てしまいます。

 

「この世に宇宙の一部じゃないものなんてないのか。

俺すらつながっていて、それではじめて宇宙なのか」

 

 「今まで見ていた宇宙は何だったのか」

 

私は、この「全てがつながっている」という体験こそが「愛」で、これでいいのかと思いました。

でもその先がありました。

ここがこの物語のすごいところだと思います。

 

ハチマキが到達した世界はこれまで彼を支配していた怒りや不安、あせりなどがつまらないことだと思える世界でしたが、

同時に、生きることの意味もわからなくなってしまう世界でもありました。

 

ハチマキは宇宙に出た人間がよくかかるという重い「宇宙病」に罹ってしまったのです。

 

虚無、死、矛盾、全ての時間と空間が存在し、問いであり同時に答えでもある世界・・・

「生きたまま来るような所じゃない」という世界をさまよいながら、抜けがらのようになったハチマキはまわり人のどんな働き掛けにも反応しなくなっていきます。

 

しかし、ハチマキは暗闇の底で、タナベに抱きしめられたことを思い出します。

テロリストを殺そうとした時「殺してはいけない」とタナベに抱きしめられ、相手を殺せなくなった時のことです。

そして、タナベのことを理解します。

 

「あいつは識(し)っているんだ。識(し)っていて表に出すことができるんだ」

 

「愛してる、何もかも、みんな愛してる」

 

という言葉でしか言えないこと・・・

 

ハチマキは独りで宇宙と向き合うことは危険なことなのだと識ります。

 

私たちがこの地球で、宇宙で、みんなつながって生きているのだという感覚で生きることができたら、争いや差別、貧困は起きないのではないかと、そしてそれは自分を救う生き方であると思います。

 

でも、まさに宇宙そのもののような感覚を生きるには、独りになっては危険だと言っているように思います。

 私たちみんながつながってひとつである、ということは美しい言葉ですが、簡単なことではなく、本当に受け入れることはとても恐ろしいことなのではないでしょうか。

私はまだ本当には受け入れられません。葛藤があります。

間違ってしまうと独り虚空をさまようか、とても危険な考えにもなりかねません。

 

私たちは実際に別々の体を持ち、違う考えや感情をを持って生きています。

そのかかわり合いの葛藤から逃げることをせずに、一人一人が「愛すること」を選択することができるために、それができるよう助けあうために出会っているのではないかと思います。

 

「愛」が独りでも存在するかどうかは私にはわかりません。

でも、「愛し合う」ことは独りではできないということはわかります。

 

ハチマキは言います。

「人間は愛し合うという、核融合なんて目じゃないスゲー力を持っているんだ。

素晴らしいことだし、恐ろしいことだとも思う。

オレはこの力の使い方をもっとうまくなりたいんだ」

 

 

ハチマキは志願して木星への到達という快挙を遂げたあと、もう一度宇宙のごみ<デブリ>の回収の仕事に戻ることを決めます。

テロとの戦いで果てしなくひろがる<デブリ>を、タナベと一緒にひとつずつ拾うという仕事をして生きようと決めます。

そして、たとえ勝てない喧嘩だと思っても見て見ぬふりをすることはできないと言います。

なぜなら、

 

「この宇宙にオレに関係ない人間なんか一人もいねーーーーんだ」

 

 

 

作者は別の登場人物に「気安く愛を口にするんじゃねえ」とも言わせます。

簡単なことではないことを知っていて、この物語をつくったのだと思います。

 

私は葛藤を抱えています。そして、ハチマキのようについ一人で何でもしようとするところがあります。

でもこれからは独りにはならずに、人とかかわって、助け合うことで、愛するという選択がひとつでも選べるようになりたいと思います。

そしてみんなと一緒に、みんながひとつにつながっているという素晴らしい世界を生きられたらと願います。

宇宙が無慈悲ではなく、叡智の海であることを信じて・・・

 

 長くなってしまいました。ここまで読んでいただいて感謝します。

 

 
国際宇宙ステーション(ISS)から撮影した夜の地球 【Full HD 1080p】

 

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