「バベットの晩餐会」・・・「私がこれまで何かお願いしたことがありましたか?」
「バベットの晩餐会」 原作 アイザック・ディネーセン
1987年度 アカデミー賞 外国語映画賞 受賞
私にとって宝物の映画です。
原作者はアイザック・ディネーセン。男性の名前ですが、実はカレン・ブリクセンというデンマークの女流作家。彼女自身も波乱に満ちた人生でした。
アイザック・ディネーセン こちらは若き日のカレン
まずはあらすじから・・・(完全ネタばれですので)
19世紀のノルウェーの海辺の小さな農村が舞台。
「フェルメールの絵画を思わせる色調と画面が、冒頭から私たちを幻想的空間に導く」(解説より)
この村で清貧と禁欲を説くプロテスタントの宗派を設立した牧師の亡きあと、その遺志を継いで生きるふたりの姉妹マーチーネとフィリパ。
ふたりの娘たちは、生涯にただ一度だけ激しい恋の心を体験しますが、どちらも結ばれることはありませんでした。その後も敬虔な伝道者として歳を重ねるある夜、パリ・コミューンで家族も財産も失って逃亡してきたバベットを受け入れることになります。
バベットは過去を語りませんでしたが、料理が上手で切り盛りもうまく、ふたりの姉妹の生活は少しですが豊かになり、伝道に費やす時間も増えていきました。
14年の歳月が過ぎたある日、バベットが友人に頼んで買ってもらっていた宝くじ1万フラン(今のお金に換算すると900万円!)が当たったと知らせが届きます。
姉妹はこれで当然バベットがパリに戻るのだろうと思い、落胆する気持ちをを隠すことがで来ません。
しかし、バベットは意外な申し出をふたりにします。ふたりの亡き父でもある、牧師の生誕100年の誕生日のディナーを自分に作らせてくれというのです。しかもその費用はバベットが出すと言うのです。
姉妹はディナーなど出すことは考えてもおらず、質素な料理とコーヒーが今までの一番の贅沢な食事でした。けれども、バベットがあまりにもひたむきだったので、申し出を受け入れます。
「私がこれまで何かお願いしたことがありましたか?」
実は村の誰も知りませんでしたが、バベットはかつて『偉大な料理の天才』と呼ばれ、将軍を「パリ中探してもどんなに血を流しても惜しくないと思える女性」と言わしめた、パリの有名なレストラン”カフェ・アングレ”の女料理長だったのです。
はたして、バベットが用意したディナーの晩餐会は、
「この世の空虚な幻影が、目の前で煙のように溶けて消えて、本当の姿の世界というものを見ることができたよう」でありました。
晩餐会に招かれた十二人は、食事をしながらそれぞれ変容していきます。
かつてマーチーネに恋心を抱きながら別れた将軍は、30年前自分に勇気がなかったことを押し隠しながら、自分は正しい道を選んだことを証明しなければならないと、この晩餐会の招待を受けて来ました。
しかし彼は食後のスピーチでこう語り、自分でも驚きます。
「我々は人生における選択をする前に震え、選んでしまってからも、誤った選択ではなかったかと心配でまたもや震える。
しかし、我々の眼が開かれ、慈悲には限りがないということを知る時が訪れるのです。
ただ信頼して慈悲を待ち、感謝してそれを受ければよいのです。
我々が選んだ物は全て与えられ、拒んだものもまた同時に与えられる。」
他の信者たちも・・・
お互いに中傷し合っていたふたりの老女は、お互いに心ひそかにずっと引っかかっていたわだかまりを抜けだし、手をつないで歩いた少女時代に戻ります。
許し難い思いを持っていた者達は、まるで少年同士がふざけ合うように、騙したことを認め合い、笑いながら涙を流します。
今では憎しみ合うかのようになっていた老夫婦は、お互いの愛情に気づき長い長い接吻を交わします。
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料理を全て完璧に出し終えたあと、台所でひとりコーヒーを飲むバベットがかっこいい!
全員が帰る頃、雪はやみ、数知れぬ星々の輝きで空は明るく、みんなで手をとり歩くところはまるでダンスのようです。私はこのシーンが一番好き。
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晩餐会がおわり、バベットにお礼を言ったマーチーネとフィリパは、バベットが1万フラン全てをディナーに使ってしまったことを知ります。
「1万フランも使ってしまったの?」
「カフェ・アングレで十二人分の晩餐といったら、1万フランはかかりますわ。」
マーチーネとフィリパが、「私たちのためにすべてを投げ出してはいけなかった、あなたはこれからずっと貧乏になってしまった」と言うと、バベットは姉妹の前に立って言います。
「あなた方のためですって? いいえ、わたくし自身のためですわ。」
「私は偉大な芸術家です。偉大な芸術家は、貧しいということは決してないのです。」
「ああ。あなたは天使達だって魅了してしまうでしょう!」
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バットはまさに神様からのプレゼントの1万フランを全て使い、自分にとって最高で最後の晩餐会のディナーを作りました。それは誰のためでもなく、自分のために。
自分に対してなんと誠実で、なんと豊かな人生なのでしょう・・・
自分自身のために、自分の持てる最高の物を出しきりたいという心からの叫びは、私たちのなかにも必ずあるはずだと思えた映画です。
そして、彼女にとって一生に一度の「お願い」がこのためであったことに心を打たれます。
バベットは言います。
「わたくしたちは何かを持っています。他の人には全く測り知ることのできない何かを。」