いつもここにいるよ

あなたがいて、うれしいです

まどみちお 「何かしーんとして遠いという感じ」

 

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まど・みちお

(本名:石田 道雄〈いしだ みちお〉、1909年明治42年〉11月16日 - 2014年平成26年〉2月28日

 

詩人まど・みちお氏は「やぎさんゆうびん」「ぞうさん」「ふしぎなポケット」「一年生になったら」などの童謡で知られています。

また、1994年には児童文学のノーベル賞と言われる「国際アンデルセン賞」を日本人として初めて受賞しました。

1992年、当時皇太子妃だった皇后美智子さまが英訳された絵本も出版されて、海外からも称賛されています。

 

 

 

皇后美智子さまが選び訳した詩集「にじ Rainbow」より

 

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まど氏は、ことばの響きを大切にし、ことば遊びの楽しさやナンセンスさで子どもから大人までに愛されています。

まど氏は「ことばは遊びたがっている」と表現し、それを引き出してやるのが『ことば遊び』と言います。(直筆ノート「D」)

 

この、人間がことばを使って遊ぶのではなく、ことば自身に自発性があると言い、それを大事にする氏の思想の根幹を表す言葉があります。

 

 

「この世の中に存在するあらゆるもの、それはそのあるがままに於いて可とせられ、

祝福せらるべき筈のものであらう。

この世の中のありとあらゆるものが、夫々に自分としての形をもち、性質をもち、互いに関係していくと言ふ事は、何と言ふ大きい真実であらう。」

「みんながみんな、夫々に尊いのだ。みんながみんな、心ゆくままに存在していい筈なのだ。」  

  (「動物文学」)

 

 

こうしたすべての命への賛歌は作品にも表われていますが、この思想には彼の生い立ちが大きく影響しているようです。

 

 

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五才のある朝、みちおが目が覚めてみると家の中がひっそりとしていました。

母はみちお一人を祖父母のもとに残し、七才の兄と二才の妹を連れて、父のいる台湾に行ってしまったのです。

みちおが母に食べたいと言っていた、赤や青の模様がついた饅頭が置いてあったそうです。

これには大人の理由があったようですが、五才のみちおにとって、どれだけの深い悲しみであったことでしょうか。

 

みちおは晩年になっても「(饅頭の色が)今でも忘れられない」と語ったそうです。

祖母も間もなく亡くなり、年老いた祖父と二人きりの暮らしは「本当に寂しかった」ようです。

 

田や川で一人草笛を吹きながら

 

「その時何ていうのか、誰もいない宇宙の真ん中で、独りで吹いているように感じ」

 

母から一人残された幼いみちおは、宇宙に心の窓を開きます。

 

 

そして、草花と二人きりでいる親密さの中で

 

「何かしーんとして遠いという感じ」を体感します。

 

「その感覚は宇宙感みたいなものじゃないかと思うのです。」

 

しかし孤独だったまど・みちお氏の宇宙は、孤独な宇宙ではありませんでした。

 

「こんなにありとあらゆるものが、ありとあらゆるところで、ありとあらゆることをしながら、

その全体がこんなに美しいバランスをもった宇宙に作られているのは、なんと素晴らしいことだろうと思わずにはいられません。

私はこの途方もない宇宙の前では、何も知らない小さな子どもです。」

 (第二詩集「まめつぶうた」序文)

 

 

こうした、まど氏の宇宙観が見事に表われた詩があります。

 

 

ぼくが ここに いるとき

ほかの どんなものも

ぼくに かさなって

ここに いることは できない



もしも ゾウが ここに いるならば

そのゾウだけ

マメが いるならば

その一つぶの マメだけしか

ここに いることは できない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときも
  
その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として

 

 

 

また、まど氏は絵画においてもその宇宙観を表現しています。

私は、むしろ氏は抽象画の方においてさらに自由にその世界を表現しているように感じます。

絵に関するまど氏の言葉はとても激しい響きがあります。

 

「オレが抽象をやりたいのは、オレという自然の産物がもつ全能力をあげて、

自然の美がもつ『法則』や『秩序』や『原理』やそういうものを師とあおぐ

新しい美の法則、秩序、原理などを、この手で結晶させたいからだ。

外形、外観などという模倣を強いるものを取り去って、

その根底に厳在する美のイノチ、そういうものに呼応するものを

この手で定着させたいからだ。」

 

 (へりくつ3」ノート1967年1月22日)

 

 

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まど氏は33才の時、2才の長男と妻を残し南方の戦地に赴きます。

世界はすべてがバランスがとれた美しいものであることを、子どもの頃から識っていたまど氏にとって、戦争はどういうものであったのかと思います。

 

1994年に『まど・みちお全集』が出版されましたが、その全集に戦争協力詩が二編収録されたことで注目されました。

 

ひそかに戦争協力詩を削除している作家がいる中で、全集を出版する編集者に言ったまど氏の言葉があります。

 

 「私は生涯で、戦争に賛成する詩を二編書いてしまった。私がそんな不完全な、弱い、ごまかしをする人間だという事を明らかにする意味でも、必ずその作品を探り当てて掲載してほしい」

 

 

実は氏は戦争協力詩を書いたという記憶が全くなかったと全集のあとがきで述べています。

 

『私は戦前から、人間にかぎらず生き物のいのちは、何ものにも優先して守られなくてはならないと考えていました。

戦後も、戦争への反省どころかひどい迷惑をかけた近隣諸国にお詫びも償いもしない政府のやり方に腹を立て続けてきました。

また地元の「核兵器廃絶、軍縮をすすめる区民の会」だけでなく「アムネスティ・インターナショナル」や「キリスト教海外医療協力会」やその他この種のいくつもの会にも、誘われるままに参加しています。(氏は20代で洗礼を受けています)

詩作のうえでも身辺の動植物を多くとりあげ、かれらのいのちの美しさをほめ、かれらに対する人間の横暴残虐を憤ってきました。

  
 つまり、一方で戦争協力詩を書いていながら、臆面もなくその反対の精神活動をしているわけです。
これは私に戦争協力詩を書いたという意識がまるでなかったからですが、それは同時にすべてのことを本気でなく、上の空でやっている証拠になりますし、またそこには自分に大甘でひとさまにだけ厳しいという腐った心根も丸見えです。
そしてとにかく戦争協力詩を書いたという厳然たる事実だけは動かせません。
 
懺悔も謝罪も何もかも、あまりに手遅れです。慙愧に堪えません。』
 
 
 
 
自分の全集に戦争協力詩を入れ、このあとがきを記した、まど・みちお氏。
私は心から尊敬してやみません。
 
まど・みちお氏は平成26年、104才で亡くなりました。
 

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春の白は

 

 

春の白は

 

少し あらたまって

 

晴れやかな顔をしている

   

 

 

 

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中学の卒業アルバムの片隅に

 

「離れちゃうけど、一生、一生忘れないよ。 目が合って 」

 

と書きかけのような寄せ書きが残っている。

 

 あのころの「一生」は重かったのに、よく使っていたような気がする。

 

重い約束のはずなのに、本当に忘れてないから不思議。

 

 

一生の長さは軽くなったけど、かえって今はもう「一生」は使えないな・・・

 

 

 

 

 

ユーミンの「卒業写真」 女性と男性でずいぶん違って聞こえる。

 

 


今井美樹 - 「卒業写真」MV

 

 

 
徳永英明 / 卒業写真

「羊と鋼の森」森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。

 

羊と鋼の森

      宮下 奈都

 

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「森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。」

 

という書き出しで始まる物語。

高校の放課後の体育館で、偶然聞いたピアノの音に森の匂いを感じた17歳の主人公。

 

音は、ピアノの調律師が鍵盤を叩く音でした。

主人公はピアノを弾けないまま、調律師になることを決心します。

  

 

 

「明るく 静かに澄んで懐かしい、

少しは甘えているようでありながら、厳しく深いものを湛えている、

夢のように美しいが 現実のように確かな・・・」

 

 

これは、物語で主人公が先輩に「どんな音を目指しているのか?」と質問した時の先輩の答えです。

作家、原民喜(はら たみき)が憧れるという文体の言葉を引用して答えたのでした。

 

 

こんな文章や音に出会えたら・・・

いや、すでにこの民喜の言葉自体がそのもののように思います。

 

 

 

森、花、川、風、夜や雨の匂い、赤ん坊が泣く時の眉間のしわ、祖母が入れてくれたミルクティ・・・

 

あらゆるものには音があることに主人公は気づきます。

そしてそれを「美しい」と呼ぶことをおぼえます。

  

 

ピアノから木々が揺れ、森が現れます。世界が現れます。

 

  

ギリシア時代、天文学と音楽を研究すれば世界が解明できる、と考えられていたといいます。

古代の人は世界が音でできていることを知っていたのでしょう。

 すべてが「根源の音」を持っていることを・・・

 

 

 

ピアノを弾けない私はこの本で、ピアノのことを知りました。

 

鍵盤から連動するフェルトのハンマーが鋼の弦を打つことで音を出す。

調律師はその羊毛を固めたフェルトをやすりで削ったり、針を刺して音を調節する。(他にも色々な調整方法があります)

 

 

物語の中で先輩が、古いピアノの音の良さは、山も野原も良かった時代に作られたからだと言います。

つまり、昔の羊は山や野原でいい草を食べて育ち、その健やかな羊の毛をぜいたくに使ったフェルトをピアノのハンマーに使っていたから。

 

 

ピアノの中には羊が入っています。

 

「美」と「善」という漢字の中にある「羊」。神への生贄にもなった羊。

 

ピアノで素晴らしい演奏ができたとしても、調律師が観客に称賛されることはありません。

 

でも私は、根源の音を呼び覚ます羊を世話する者は、なんと幸せ者だろうかと思いました。

 

 「ピアノが、あらゆるものの中に溶けている音を掬い取って、耳に届く音にする奇跡であるなら、僕は喜んでその僕となろう」

 

 

 

すべてのものは音を持っていて、世界の中に音が溶けている。

 

隠されているものは何もなく、ただ見つけられるのを待っている音。

 

自分の中にも溶けて存在する音。根源の音。

私たちは根源の音を知っているはず。

 

その音に、

耳を澄ます。心を澄ます。身体を澄ます。

 

 

私たちは根源の音を知っているはず。

 

だから、自分が一生をかけてもほしいものは、一瞬でわかる。

 

 

この物語を読んで聞きたくなったのはやはり、エレーヌ・グリモーでした。

 

 

 

 

 

 
Water - Transition 5" & Franz Liszt "Les Jeux d'eaux à la Villa d'Este

 

何もかも、あらためて生みださなければなりません。(過去記事です)

 

以前、下書きのように書いた記事です。

季節外れですが・・・

 

 

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図書館で欲張って借りたけど、全部は読み切れそうもありません。

素敵な文を見つけたので、明日返す前にここに残しておきます。

 

きれいな装丁に惹かれて借りました。

 

 

「空と大地の時禱書」の帯文もいいでしょう?

 

 星や太陽、雨、風、大地に立つ木や咲く花、草、そしてそこに生きる動物や人間の営みすべてを見つめる眼差しがそのまま詩のようです。

 

「一月は心配性の月」というのが楽しい。

その「一月と氷」から・・・

 

 

・・・すると今度は男の子が、窓のところに行って、

カーテンを少しまくって、こう言うのです。

「星がたくさん出てるね」

一家の主が笑顔になります。

「いよいよスケート靴の出番だな」

「寒いのが長く続くかしら」と母親がたずねます。

「星が出ているんだ、きっとそうなるだろう」

それだけ言うと、二人とも腰を上げ、

空模様を肌で感じるために扉を開けて外に出ました。

 

・・・・・・・・・・

 

(夜)それでも草木の世界は眠ったままです。

深く、満ち足りた眠りの中にあります。

だからこそ星たちは親しげに地上を見下ろし、静かな夜になじみ、

こちらに近寄ってくるようにも見えるのです。

 

・・・・・・・・・・

 

今は一年の始まりです。

何もかも取り戻し、強く求めていかなければなりません。

宝瓶宮の水から、夏至を彩る溢れんばかりの青と緑に至るまで。

何もかも、あらためて生みださなければなりません。

 

・・・・・・・・・・

 

星の数が多すぎて、押しつぶされるように感じます。

見れば見るほど、それだけ多くの星が降ってきますし、

いつまでも見続けていると、

星に魂を傷つけられるかもしれません。

星に別れを告げる時間になりました。

 

・・・・・・・・・・

 

凍えた空と無辺の大地を、そっと二人きりにしておかなければなりません。

空には大地の懐に深く食い込んでもらう必要があるからです。

空の侵入を待っていた大地は、

そこで初めて冬を受け入れ、

今度こそ間違いなく、冬が万物支配者になったことを認めるのです。

 

 

こんな感じで、(もっともっと素敵な言葉があるのですが)12月まであります。

「これは買ってしまうかも」という予感・・・

 

 

椿に似合う音

 

 

椿の花は あまり好きではなかった。

 

 

気がつくと色あせていたり、逆に毒々しい色に変色していたり

 

バッサリとおちて、バラバラになっていたり

 

 

そんなところ ばかり見て

 

そんなものだと 思って

 

椿は哀しい花ような気がしていた。

 

 

 

 

どうしてそんな風にしか

 

見れなかったんだろう。

 

 

 

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タイのキムという楽器、

なぜか椿に似合うような気がするのです。

 

 

www.youtube.com

 

 

 

 

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空飛び猫

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「空飛び猫シリーズ」

 

ゲド戦記などの作者、アーシュラ・K・ル=グウィンの絵本(村上春樹訳)です。

 

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 生まれつき翼がある4匹の子猫のお話。

 

子猫たちは町のごみ捨て場で生まれましたが、お母さん猫に

 

『ここは子どもたちが成長するのにふさわしい場所ではありません。

おまえたちはここから出ていくためにその翼を授かったのです』

 

と言われ、空を飛んで旅に出るお話。

 

 

 

村上春樹の訳注も丁寧に解説されていて、

 

絵本の中では『ミィ、ミィ』という鳴き声が『私よ(ME)!私よ(ME)!』という救いを求めるメッセージであったり、

 

『ヒィ(嫌いだ)!、ヒィ(嫌いだ)!』という鳴き声も、

「HATE!」という人種差別や社会的不平等からくる憎しみを表していることがわかります。

 

またシリーズ3冊目では、幼いころにとても怖い目にあって言葉を話せなくなった一番下の子猫が、翼のない普通の猫から「辛かった時のことを表現するように」と働きかけられ、とうとう言葉を発することができるようになる場面もあります。

 

ファンタジーではありますが、作者の都会生活、機械文明に対する反発、差別のない世界、癒しを求めるメッセージを感じました。(さすがル・グウィン村上春樹です)

 

 

 

両親の猫には翼がないのに 、どうして子猫たちに翼があるのか?

 

 

『この子たちが生まれる前に私が見た夢のせいかもしれないわ。

 あれは空を飛んでこの町から出ていく夢だったもの』

 

と母猫は言います。

 

 

 (空飛ぶ夢をみたせい?・・思わず、子どもたちの背中を見てしまった私です。)

 

 

 

 

こちらはわが家の「空飛ばない猫」たちです。

 

チーちゃん、(一番デカくなってしまった・・)

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翼はないようです。

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 一番新入りのやんちゃジョビー。

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唯一のお嬢さん、シャオ。(一番の名ハンター)

主人の服にすっぽり・・

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ハンサムなニック。(お兄ちゃんなのに大人げない)

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猫は翼で飛ぶのが似合う気がします。

犬は専用飛行機で飛びそうな・・・?

 

 

 


【魔女の宅急便】ルージュの伝言 Kiki's Delivery Service-movie sound track song

 

 

  

 

 

「花明り」

 

花の灯の下では 後ろに隠してきたものが見えてしまいそうで

 

ちょっと困って、下を向いてしまう。

 

 

 

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花明り(はなあかり)…桜が満開で、闇の中でもそのあたりがほのかに明るいこと。

 

 

写真は陽ざしの中、梅も入れた「花明り」になってしまいましたが、 日本人の繊細な感性に感心します。

 

ソメイヨシノが咲き始めたら夜桜を撮ってみたいです。

夜桜、きっとめまいでクラクラしてしまいそう・・・

 

 

 

 

他にも花のつく言葉がたくさんありました。

  (ちょっとsofiwindさん風に)


花嵐(はなあらし)…花どきに吹く嵐。/花がはげしく散ること。

花筏(はないかだ)…花が散って水面に浮び流れるのを筏に見立てていう語。


花笑み(はなえみ)…花が咲くこと。蕾(つぼみ)がほころびること。

     こんな感じかな・・・

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花帰り(はながえり)…新婦の初めての里帰り。

花霞(はながすみ)…遠方に群がって咲く桜の花が、一面に白く霞のかかったように見えるさま。

花曇り(はなぐもり)…桜の咲く頃、空が薄く曇っていること。

花心(はなごころ)…うつりやすい心。あだこころ。うわきごころ。/はなやかな心。

花妻(はなづま)…花のように美しい妻。新婚の妻。/萩の異称。鹿が萩を好むところから、鹿の妻にみなしていう。/花を親しんでいう称。

花の顔ばせ(はなのかおばせ)…花のように美しい顔。はなのかんばせ

花の鏡(はなのかがみ)…池水などに花の影のうつるのを鏡に見立てていう語。

花の雲(はなのくも)…咲きつらなっている桜の花を雲にたとえていう語。

花の君子(はなのくんし)…泥の汚れに染まないハスの花を君子にたとえていう語。

花の袖(はなのそで)…桜色に染めた袖。花染めの袖。/美しい袖。特に、花見に着る女の晴れ着の袖。/花を衣の袖にたとえていう語。

花の波(はなのなみ)…花の散りうかぶ波。/花のたくさん咲いているさまを波に見立てていう語。

花の吹雪(はなのふぶき)/花吹雪(はなふぶき)花の乱れ散るさまを吹雪に見立てていう語。

花冷え(はなびえ)…桜の咲く頃に寒さがもどって冷え込むこと。

花催(はなもよい)…桜の花が咲きそうなけはい。

 

 

 

 

 読むだけで、情景が目に浮かびませんか?

 

 

 

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「花明り」